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[郷愁を誘う音楽]

今日はオフ。
なので、朝はゆっくり起きる。
昼を過ぎた頃、何をしようか考える。

ここのところ出張続きだったので、ちょっと疲れ気味。
故に、外出欲メーターは、ほぼゼロを指している。
外を見ると、今にも泣き出しそうな空模様。

ということで、家でのんびり音楽鑑賞をすることに決定。

では何を聞こう...CDラックを見ながら考える。
クラシック...って気分ではない。
じゃあ、ジャズ...うーん、これも違うなぁ。
歌ものは端からパス。

・・・

そんなこんなで、結局手にしたのはこれでした。


e0011761_154976.jpg[GAMELAN DEGUNG]
BULAN DAGOAN/GENTRA PASUNDAN

インドネシアはスンダ地方(ジャワ島の西側)に伝わる音楽「ガムラン・ドゥグン」。
暑く、そしてジメジメした日には、やはり似たような気候で生まれた音楽が合います。



このCDの良いところ。それは「力まずに聴ける」ところでしょうか。
テンポはスロー。さらに、装飾音が少なく目立った展開もありません。
とにかく刺激が少ないのが特徴です。

同じガムランでも、バリのものだとその激しいリズムにどうしても気分が高揚してしまいますからね。今日のような、ユルユルとのんびりしたい時は、抑揚の少ないジャワ・ガムランの方がフィットします。

・・・

初めてこのCDを聴いた時は、単調でとても退屈に感じました。
故にその時は「やはりガムランはバリに限る」なんて思ったものです。

しかし...

何度か聴く内に、私の考えに変化が生じました。
バリ・ガムランには無い、不思議な魅力を感じ始めたのです。
その不思議な魅力の正体とは何か。それは、得も言われぬ「郷愁感」でした。

・・・

ブックレットを読むと、「ドゥグン」に使われている音階は、西洋音楽で言う「2音」と「6音」を抜いたようなもの...と書かれています。

2・6抜き音階は「わらべうた」や「平安時代の風俗歌」など、日本の古典的な音楽に何かと使われてきた音階と言われています(良く耳にする「4・7抜き音階」は、実は歴史が浅く、明治期に西洋音楽が入ってきた際、折衷案的に作られてしまった音階なんだそうです)。

ということは...

このことを知った時、私はこう思いました。
もしかすると、自分はドゥグンに「先人達が耳にしていた音階」を感じとっていたのかもしれないな、と。

・・・

わらべうた、沖縄民謡、そしてジャワ・ガムラン。
どれも、聴くと何となく郷愁を覚えてしまうのは、そんな理由があるからなのかもしれませんね。


* おまけ *

ある本によれば、日本人は、西洋音楽と日本の伝統的音楽の間を行ったり来たりした後、ある時代から、伝統的な音感「2・6抜き音階」に戻りつつあるのだそうです。
確かに、昨今の沖縄系音楽のブームを考えると、何となく合点がいきます。
(沖縄の音楽には、この「2・6抜き音階」が使われている)

夏のオススメCD(バリ・ガムラン編)
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by taka-sare | 2006-08-17 23:59 | 音楽・芸能・芸術 | Comments(0)

[心太屋台]

ちょっと前の話になりますが...今から2週間前、友人から「IさんとHさんが、お祭り(Hさんのホームページに昨年の様子が紹介されています)で、ところてん屋を出店するらしくてさ...」「6日の夜にその予行演習(味のチェック、提供の仕方等の確認)をうちで行うことになったから、良かったらおいでよ」との連絡がありました。

Iさんは、以前ブログで取り上げた食事処の主人です。その主人が関わるところてんと聞けば行かないわけにはいきません。ということで、去る6日の夜、飲み会を兼ねた予行演習(予行演習を兼ねた飲み会?)に参加してきました。

・・・

で、6日の夜に、用意されたところてんを試食したのですが...
寒天には一過言ある面子も、これにはただただ唸るのみでした。

先ずところてんが旨い。良質な天草を薪の釜で作っただけのことはあって、天草の風味が生きています。次に、そこに加える調味料が素晴らしい。三杯酢はいずれも伝統的な製法で作られた調味料が使われており、それが絶妙な塩梅で配合されています。家に常備したい逸品。黒蜜(八重山の本黒糖使用)はコクがありながら爽やかな口当たり。濃度・粘度とも絶妙で、その風味たるや、まるで黒糖と和三盆糖のいいところだけを合わせたかのよう。美味。

いやぁ、さすがは食の求道者?Iさん。やはり只者ではありませんね。

ちなみに、この日の参加者からは「天草の風味を楽しむならこちらの方が良いかも」との声が多数あがりました(黒蜜は関東生まれの方には違和感があるかもしれませんが、関西ではポピュラーな食べ方です)。


* 心太(ところてん) *

ところてんの歴史は古く、テングサを煮溶かす製法は遣唐使が持ち帰ったとされる。
当時は、テングサを「凝海藻(こるもは)」と呼んでおり、ところてんは俗に「こころふと」と呼ばれ、漢字で「心太」が当てられた。「こころふと」の「こころ」は「凝る」が転じたもので、「ふと」は「太い海藻」を意味していると考えられているが、正確な由来は未詳。
室町時代に入り、「心太」は湯桶読みで「こころてい」と呼ばれるようになり、更に「こころてん」となり、江戸時代の書物では「ところてん」と記されている。
(引用:語源由来事典)

追記:祭りレポート
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by taka-sare | 2006-08-14 23:59 | 飲む・食べる・呑む | Comments(4)

[恒例の暑気払い(後編)]

定刻を少し過ぎた辺りで公演はスタート。

団長のスゥエントラ氏が微かに目や手を動かす度、楽団全体があたかも一つの生き物のように有機的に動く。これは、クラシック音楽で言うところの、指揮者ムラビンスキー(故人)とレニングラードフィルオーケストラとの関係に近しいかもしれない。(分かりづらい例えでゴメンナサイ)
今回は結構ステージに近い席だったので、その辺りの様子を楽しむことが出来た。

もう何度も聴いたはずなのに...今回も、竹から発せられる硬軟様々な音色や、音を超越した波動に陶酔した。曲目が進むと、今度はそんなバンブーサウンドに、バリ太鼓や、青銅の音色が混ざる。プリミティブなのにモダン。琴線にふれてしまい無抵抗状態になる。気がつくと暑気はすっかり払われていた。しかしまぁ、大音量がこれ程心地よいと思えることは、そう滅多にない。
これは耳や脳ではなく、身体全体、いや、細胞レベルで聴いているからに違いない。
いや、ここまでくると、もう理屈はどうでもよくなる。

期待に反し?、公演後半にステージに呼ばれ団員と踊るコーナー?は設けられなかった。その後、演目は進み、アンコールの後、公演は終了となった。

・・・

ジェゴクの認知度が上がった為でしょうか。ここ数年、東京公演は大きなホールで演奏されることが多くなっていました(参考:サントリーホール 2006席。すみだトリフォニーホール1801席)。バリ島の音楽は音楽性が非常に高いので、音楽鑑賞と捉えれば、それはそれで全く問題はありません。実際、初めてジェゴクを大ホールで体験した時は、充分に感動出来ましたし、サントリーホール(舞台を客席が囲むホール)での試みは非常に興味深いものがありました。

しかし、演奏側と観客との間に物理的かつ精神的な距離感が生じ、結果、一体感に欠けてしまうように感じたのもまた事実です。もちろん、バリ島以外で体験する以上、このようなことは仕方のない事だと思います。ですから、これまで、そのことは重々承知の上で東京公演を楽しんできました。でも...

ジェゴクの根っこにあるものは儀礼・祭礼です。
やはり、あまりにも大きなホールになってしまうと、音楽的な部分が強くなってしまい、儀礼や祭礼の部分が楽しめなくなってしまうような気がします。もちろん、規模の大小だけが原因ではないとは思いますが。私見ですが、おそらく今回のこもれびホール(席数662)位の規模が、大きさの上限なのではないかと思います。

・・・

こんな風に書くと「そこまで言うんだったら、現地に行ってくりゃいいじゃないか」とツッコミのお言葉を頂いてしまうかもしれませんね。いや全くその通りです。
今回、会場が広すぎなかったせいか、演者の熱気にあたってしまい「バリ音楽・芸能のほとんどは、音楽である以前に祭礼なんだよなぁ。祭りの部分を体験するんだったら、やっぱり現地に行かねばなぁ」という思いが強くなった次第です。
うーむ。こりゃあ、来年の暑気払いはバリで...かな?


* 追記 *

この記事を書き終えた後、「竹音」という小冊子を読んだら、スェントラ氏はその中でこう語っていました。
「ジェゴクの音は(中略)野外であれば、そこにある土、木や植物、建物、その空間全部と、劇場のなかでは、反響する音をも巻き込むように、演奏する土地、場所にすでにあるパワー(タクスゥ)と響働するのです」

演奏する場が変われば、当然、その土地ならではの演奏が生まれる。しかしジェゴクはジェゴク。そのことが本質を変えることはない、ということか。
だとすると、場所のことを云々していた私はピントがずれていたのかもしれません。うーん。深いなぁ。

* おまけ *
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by taka-sare | 2006-08-08 11:44 | 音楽・芸能・芸術 | Comments(0)

[恒例の暑気払い(前編)]

梅雨も明け、すっかり夏らしくなった今日この頃。

こんな暑い日には、暑い国の音楽を聞くに限る!
ということで、昨夜はバリ島の芸能・ジェゴグを堪能しに
保谷にある<こもれびホール>に行ってまいりました。

(ここで、あれ?この出だしは…と気付いた貴方には、もれなく「熱心なタカサレ読者」の称号を差し上げます。一方的に)

この時期は、全国各地で花火大会や○○祭りなどが催されているので、一度それらに足を運んでみたいと毎年思ったりするのですが...結局、ジェゴクかガムランの公演に足を運んでいます。ここ10年位。もはや夏の恒例行事となった感すらあります。

うーむ。おそらく、あの音空間に魅せられてしまったのだろうなぁ。

ちなみに。
実は、昨年の投稿にトラックバックをしてくださった、タコ壺さんの記事を読むまで、今年の公演の事は知らずにいました。恒例の...とか言っておきながら。改めて、自身のアバウトさを実感。

・・・

真夏日を遙かに超える気温の中、保谷駅からバスに乗りホールへ向かう。
バスの中には、バリを匂わせる出で立ちの方の姿もチラホラ。この人達もこもれびホール組だなと思いつつ最寄りの停留所で降りようとすると、バスにいたほとんどの人がゾロゾロと降車口へ。おぉ、この人達も皆ジェゴクを鑑賞しに来た人達だったのかと少々ビックリ。そして、すっかり有名になったんだなぁ、ジェゴク…と少々しみじみ。

e0011761_19336.jpg会場に足を踏み入れると、ジェゴク関連のCD&DVDや、バティック(バリの布)や、アクセサリーや、バリコピ(コーヒー)や、ジンジャーティーなどバリらしい品々が売っており(当たり前か)、何となく気分がバリモード?に切り替わる。折角だからバリコピでも飲もうかなと思うも、その前に珈琲を飲んでしまったせいもあり、予想以上に珈琲欲が湧かず断念。では、公演前に腹ごしらえでも...と思うも予想以上に時間が足りず断念。ではでは、初めて目にしたDVDでも買ってみるかと思うも、予想以上に持ち合わせが無かった(ここに来る前に既に散財してしまった)ので断念。結局、何も買うことなく席に向かうこととなった。

私達夫婦の席はH列とギリギリに予約した割りにはナカナカ良い席だった。会場を見渡すと、後席の一部を除き結構満席に近い。残り者に福があったということか?
こんなに前の席だと、公演の最後にステージに呼ばれて踊らされるんだよなぁ、と勝手にドキドキする。しかし、幸か不幸か、これまで呼ばれた事は一度も無い。小学生の頃、指されたくないと思った時ほど、先生の目に留まった事を思うと、実は潜在的には踊りたいと願っているのかもしれない。

今回はもう一つ勝手にドキドキしていたことがあった。
それは、先に書いたタコ壺さんが同じ会場にいると知っていたからだ。
会場には600人(意外と少なく感じる)程度しかおらず、ホール自体もそれ程広くない。面識もないのに、その内「もしかして、タカサレさんでは?」等と肩を叩かれたらどうしよう...と、勝手に妄想を膨らませてしまった。タコ壺さんのブログに「密かにタカサレ探しでもして楽しんで下さい」等とコメントしたのは自分なのにも関わらず。しかし、幸か不幸か、タコ壺さんの目に留まることは無かったようで(実は分かっていたりして?)、最後まで声をかけられることはなかった。

ん?ということは...
潜在的に、声をかけられたかった、ということになるのかな?

ちなみに、妻が私の横で「もしかしたらあの人がタコ壺さんでは?」と、私以上にタコ壺さん探しを楽しんでいたことを付記しておきます。

・・・後編に続く
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by taka-sare | 2006-08-06 19:22 | 音楽・芸能・芸術 | Comments(0)